《品切稀少本》
増補版 二十世紀を騒がせた本
紀田 順一郎
平凡社ライブラリー
定価: ¥ 1200+税
「ワイルドの『獄中記』が出ていますが、ジイドがその序文で『大陸ではこれが出せるが、イギリスの不寛容が出版させない。』と、イギリス人の生活態度とフランス人の生活態度をハッキリ対立させて書いております。大体、イギリス人は、すぐれた文化人、政治家など出していますが、元来が商人であり、保守的な国民で、芸術にたいする情熱の点で、フランス人ほど理解していない国民だと言っているわけです」。(チャタレイ裁判の弁護側証人・神近市子の陳述)
裁判の直接の流れからはあまり重視されることのなかったこのことばには、じつはなぜロレンスのような作家が英国に生まれたのかという事情や、その英文学本国におけるロレンスの位置ということ、一口にいえばロレンス文学の背景が簡潔に語られているように思われる。
つまり、今世紀前半までイギリス社会を支配していたヴィクトリア朝以来の形骸化した道徳主義が、現代文明の物質主義と結びついて精神の荒廃を広げつつあるという背景のもと、コンラッド、ヘンリー・ジェイムズ、ゴールズワージー、ベネット、ウェルズら20世紀の英国作家たちが一様に目ざしたものは社会的不平等と道徳的貧困への批判であり、その流れに属するジョイスやロレンスの文学は、とくに人間解放の手段としての「性」の扱い方、表現(性描写)をめぐって古い社会の「不寛容」と尖鋭に対決した、ということである。
たしかにこの時期、フランスではジョイスの『ユリシーズ』やロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』のような問題作をイギリスより「寛大に」受け入れる土壌は存在したが、逆にいえばこの二人に匹敵する作家を輩出していないということでもある。………
しかし、この作品が同時代において理解と共感を得るためには、いくつもの大きな障壁が存在した。それは作中の性描写が当時に常識(許容範囲)を超えていたというこちであるが、それ以上に性愛の確立という主題を階級の破壊というテーマと連動させたことが保守的な勢力の神経を逆撫でしたのではないかと思われる。………。魅力に富んだ知的な名流女性が、身障者の夫を裏切って、階級的に下位にある男と情交する。そこに体制派は危険なものを嗅ぎつけたのである。
〈現代の黙示録
/『チャタレイ夫人の恋人』より〉
美品